直感力
はじめに──直感をどのように活かすか
- 棋士は,次の3つを使いこなしながら対局に臨んでいる:
- 「直感」
- 「読み」
- 「大局観」
- 直感は,無駄な迷い,思い,考えの無い状態で浮かび上がっているのだから,次に何をするのか,何を望んでいるのかが如実にあらわれる.
- 本書では直感をどのように具体化するのかについて述べる.
第一章|直感は,磨くことができる
直感は決して先天的なものではない.
一瞬にして回路をつなぐもの
- 本当に見えているときは答えが先に見えて理論や確認は後からついてくるもの.
直感とは何か
直感の正体とは何か.
たとえばひとつの局面で,「この手しかない」とひらめくときがある.一〇〇%の確信を持って最善手が分かる.論理的な思考が直感へと昇華された瞬間だ.
- 直感とは,論理的思考が瞬時に行われるようなもの.
- 堆く積まれた思考の束から最善手を導き出すことを日常的に行うことによって,脳の回路が鍛えられ,修練されていった結果.
- 直感は,本当になにもないところから湧き出てくるわけではない.考えて考えて,あれこれ模索した経験を前提として蓄積させておかねばならない.
- もがき,努力したすべての経験をいわば土壌として,そこからある瞬間,生み出されるものが直感.
「見切る」ことができるか
- 長く考えればそれだけ思考が深まっていい手が指せるのか,いい決断ができるのかというと,必ずしもそうではないような気がする.
- 「見切る」ことによって選択できる,決断できるのは,調子がいいとき.すぐに立ち止まり,迷ってしまいがちになるのは銚子が悪いとき.
「見切る」とは,必ずしもこれで勝てるとかこちらが正しいといった明快な答え,結論ではない.
「分からないけれども,まあ今日はこれでいってみよう」とか,「今回はこっちを選ぼう」と,絶対の自信はなくとも思いきりよく見切りをつけることができるかどうか.それは,直感を信じる力の強さにも通じているのではないか.
直感は何かを導き出すときだけに働くのではない.自分の選択,決断を信じてその他を見ないことにできる.惑わされないという意志.それはまさしく直感のひとつのかたちだろう.
約80通りの可能性から,瞬時に急所を絞る
将棋は,ひとつの場面で約八〇通りの可能性があるといわれている.
私の場合,その中から最初に直感によって,二つないし三つの可能性に絞り込んでいく.残りの七七とか七八という可能性については,捨てる.
たくさん選択肢があるにもかかわらず,九割以上,大部分の選択肢はもう考えていない.見た瞬間に捨てているということになる.
なんとなくここが中心ではないかとか,ここが急所ではないか,要点ではないかといったことを,それまでの自分自身の経験則や体験,習得してきたことのひとつのあらわれとしてつかむことができたなら(その瞬間には当然,そんなふうには考えないだろうが),そこには直感が働いている.
直感は,ほんの一瞬,一秒にも満たないような短い時間の中での取捨選択でも,なぜそれを選んでいるのか,きちんと説明することができるものだ.適当,やみくもに選んだものではなく,やはり自分自身が今まで築いてきたものの中から生まれてくるものだ.
直感を磨くには多様な価値観をもつこと
- 自分の思うところ──自分自身の考えによる判断,決断といったものを試すことを繰り返しながら,経験を重ねていく.そうすることで,自分の志向性や好みが明確になってくる.
- 「好み」というと単なる好き嫌いに聞こえるかもしれないが,それはとりもなおさず自分自身の価値観をもつことではないだろうか.
第二章|無理をしない
余白がなければ,直感は生まれない.
リラックスした状態で集中してこそ,直感は生まれる.
何も考えずに歩く
- 気分転換にもなるし,そうした時間をもつことによって考えがまとまったりすることもある.
空白をつくる
- あえて「考えない」時間を意識的につくることが大切.
- 頭が飽和状態にあるとき,そこからは何も生まれてこない.
- ある程度の隙間,空っぽの部分があるときでないと,創造的な思考はもちろん,深い集中はできない.
日常の生活では努めて空白の時間をつくる.散歩も,深い集中に備えたウォーミングアップのときであるようにする.
気分が向いたら歩く.歩くことや気分転換のときを,義務だと考えてしまうと,逆にそこに囚われてしまう.それでは意味がないのだ.
その時間はあくまでも頭の中に解放された部分としての空間をつくるための時間であり,行動でなければならない.
繰り返すが,それは来たるべき集中に備えるためのウォーミングアップでもある.
何も考えないこと,ひとつのことを考え続けること
- 集中力を高めるには,いくつかのトレーニング方法がある:
- ひとつには,何も考えない時間をもつこと.
- もうひとつには,じっくりとひとつのことについて考えをめぐらせる習慣をつくること.
- じっくりとひとつのテーマについて考えをめぐらせ,集中する時間をつくるよう心がけているうちに,身体が慣れて,長時間の集中もできるようになっていく.
- すぐに成果や結果が出なくとも,集中すべき事柄を頭の片隅に置き,思い出すだけでも違いは出てくるのではないだろうか.
底を打つ
集中するには,その前提としてやる気,モチベーションが必要だ.モチベーションが上がらない,やる気が出ないところで集中するのは至難の業だろう.
ただし,実際には,モチベーションが上がらないことはよくある.モチベーションとは天気みたいなもの.自分ではどうしようもないのだ.
天気予報と同じで,期待はするけれども,その日になってみないと分からない.晴れている朝もあれば,土砂降りのこともある.それも仕方がないことだと,あるときから考えるようになった.
- モチベーションがどうしても上がらないときは,あえて「底を打つ」のもひとつの手.
- 朝起きてブルーだなと思ったら,ずっとそのまま放っておく.あえて持ち上げることをしないでいると,その気分もいつか底を打つ.
- 「放置」という手もあるということ.
完璧主義に陥らない
- 義務感や力みを身にまとわないためには,完璧主義にならない,曖昧さを残すことも案外大切.
- これが正しい,絶対だときっちりかっちりした選択に重きを置いていると,次第にそれはジンクスになり,自分を支配するものになってしまう.
- 何時から何時といった時刻に規定されるのではなく,空いている時間がどれくらいあるかで考える.
- がっちり決めてしまうのではなく,アバウトにざっくりとこんな感じ,と予想して決める.
- 自分の目指すところを無理せずに続けるために,その目的にもその他のことにも,余計な力を入れ過ぎないようにしていく.
- そうしてある程度自然の流れに乗りながら続けていくことが,結局,長丁場で大局的に見たときに自分の力を発揮できることにつながる.
第三章|囚われない
好きなことであれば,いつも関心をもって焦点をあてることができる.
一方で,苦手なものにも得るところはある.
意欲と楽しさについて
- 日々を無為に過ごすだけでは,直感を導き出すことは難しい.「意欲」が必要.
読書について
ひとつお伝えしたいのは,迷ったら本は買ったほうがいいということだ.
たとえば一冊買って失敗したとしても,それで結局のところ大きな失敗をすることはない.絶対にないといえる.
だから,興味をもったら,とりあえず分からなくても買う.買ったところで,結局読まずにそのまま捨てるということがあってもいいとさえ思う.実際,私自身そういうこともある.
どんなかたちで役に立つかはわからないが,それが本のよさでもある.エンターテインメントであったり知的刺激であったり,さまざまなことを経験することができる.
本を通じてたとえ他人から見たら意味のなさそうなことでも,自分なりに解釈してみることが,想像力や創造力を生み出す源泉になるのではないだろうか.
第四章|力を借りる
直感の醸成は,自分一人ではなし得ない.
相手の力を活かし,自分の力に変えることが,自分の創造性,やる気の継続へとつながる.
自発的でなくとも頑張れる環境をつくる
アイデアは出てくる.次から次へと,繰り広げられる.しかし,それをちゃんとした形として,戦法として使えるようになることは,やはり別の次元の話だ.
湧き出たアイデアをしっかりとまとめるためには,もうひとつ別のプロセスがあると思っている.
不調を乗り越えるための「経験のものさし」
- 不調というのは,まだ成果や結果が出ていない段階のこと.
- 方向性も間違っていないし,やっていることも適切.しかし,まだ形にはなっていないという状態が,いわゆる不調のとき.
成果が出ないときに,自分のやっていることが正しいと信じるというのは非常に難しい.
ひょっとしたら間違っているのではないかと,自分で自分を疑うこともある.成果が出ないだけでなく三回も続けて負けたりすると,やはりやり方が悪いのではないかと,自分の歩み自体を疑ってかかるようになるのだ.
そのとき大きな助けとなるのが,「経験のものさし」だ.
何かを成し遂げた経験や,あれこれのことをマスターした経験から「経験のものさし」はつくられる.
これくらいの時間と労力と情熱を注いだらこれくらいのことができるようになった,というものさしだ.
そのものさしをもっていることで,努力の見込みといったものが立つ.成果が出るようになるまでに必要な努力の量と質が,なんとなく見極められるようになるのである.
第五章|直感と情報
不安な時間に対して耐性をもつこと.
情報を積み重ねただけで成果が見えるような,性急な進化を目指してはいけない.
相手を研究するより自分の型
不安を払拭して,完璧に万全の状態にもっていくことなど,なかなかできるものではない.それはいまも同じだ.
しかし,完璧とか万全の状態をつくるなど至難の業だということに,当時の私は気づかなかった.
それが分かってしまえば,別に必ずしもそういう状態でなくていいのだと安心して,本来集中すべきところに帰っていけるのだが,そこに辿り着くまではとにかくもがき続け,考え続けていた.
- 相手のことを研究するよりも,自分の作戦や型を充実させておいたほうがいい.
- 自分のやり方を求めていくほうが対応しやすい.
- 相手がこう出てくるからこうしよう,というのではなく,自分はこうするのだということを,きっちり押さえておいたほうがいい.
インプット以上にアウトプットを
- 山ほどある情報から自分に必要な情報を得るには,「選ぶ」より「いかに捨てるか」,そして「出すか」のほうが重要.
- インプットと同様に,アウトプットを意識的に増やすことが必要.
- 人は必ず,アウトプットしながら考え,それを自分にフィードバックしながら,インプットされた知識や情報を自分の力として蓄積していくようにできているのではないか.
データ分析と勘を併用する
- 創造性と情報処理能力──感性とロジカルの両方を兼ね備えてバランスをとることが必要.
- 積み重ねた分だけ成果が見えるような,性急な進化のみを目指してはいけない.
第六章|あきらめること,あきらめないこと
「あきらめてはいけない」と言うのは簡単だが,必ずしもあきらめないことがいいわけではない.
時には潔くあきらめることも必要だ.
ミスの後にミスを重ねない
- ミスを犯したときに,さらにそこで傷を深めるようなミスを重ねないことのほうが,むしろ,最初からミスをしないことよりも大事なことではないか.
第七章|自然体の強さ
目標は一気に課してはいけない.
少しずつ積み重ねることによって,気がつけば着実に前進している.
自然にできることを続けていくという健全さが必要なのだ.
マラソンのラップを刻むように
「長い距離をずっと走り続けねばならない」と考えるのではなく,すぐそこの,あの角までを目標に,そこまではとりあえず走ってみようといった小さな目標を定めながら走るのがいいと思う.
まずは歩いてみる.そして,歩けそうならば走ってみる.急ぐ必要はない.
同じペースでラップを刻みながら行けばいい.それは無理をしないことだ.自然にできることを続けていくという健全さなのだ.
自己否定しない
- あえて考え込まない,自己否定しないことは,感情的にならずに冷静に判断し選択するというプロセスにおいては必要不可欠.
想像力と創造力
情熱を持ち続ける
情熱は,常に何かを探し続けることでも保たれる.今まで自分の中になかった何かを発見するというプロセスを大事にするのだ.
こういう発見があった,こんな課題が見つかった,研究テーマがあった,となればそこからまた次につながっていく.そういうものを見つけるプロセスがとても大事な要素になる.
心がけるのは,常に違う何かを見つけていくこと.それは現状に満足でいることではなく,さらに違う何かを常に探し求めていく姿勢だ.
自分の願いや希求するものを見つけたら,それをただひたすら追いかける.
できたらいいなぁと考えているだけだったり,手に入れることを夢見ているだけの段階では,まだ本当に追いかけているとはいえない.追いかけるための行動を具体的に取らなければならないのだ.
- 自分の気持ちに無理を強いるようなことは,続けられない.
- 追いかけるものとは「絶対やらなければいけない」ことではない.
- やらなければならないという強迫観念に囚われて続けなければならないようなものを目指すのは,本末転倒.
- 「絶対」をもつことは,執着につながる.執着すると苦しい.「好き」だという以外に余計な感情が入る.
- 集中しようと思って集中しているのではなく,気がつけば集中していた,結果的に打ち込んでいた──という状態にもっていけるのが理想.
第八章| 変えるもの,変えられないもの
進めたい,変えたいと思っても,大きな流れの中では,変えられないものもある.
どちらへ進めばいいかは分からない.分からなくても,どこかへ進むしかないのだ.
水面下を読む力
- 分からない,迷っている,悩んでいるとか空回りしているといった苦しい時間こそが,後々の財産になるもの.
- 何かのデータや誰かの意見に乗って,多数派だから安心だとか安全だということはない.
- 自分で調べて自分で考え,自分で責任をもって判断する姿勢をもっていないと,自分の望んでいない場所へ流されていく可能性もある.
- どんなときでも,もがきながら何かをつかもうとする姿勢は失わないでいたいと考えている.
鉱脈を見つける勘所
たとえば,ネットで見て覚えたようなことよりも,情報のない中,ああでもないこうでもないと手さぐりで試行錯誤しながら遠回りして体得したことのほうが,確実に記憶に残る.後々になっても使うことができるものになる.
結局のところ,必死にもがいて身につけたものこそが,自分自身の力になるのだ.
基本的なこと
手取り足取り教わらなくても,自然に体得するものがあるということ.自分から吸収する姿勢をつくること.
それを黙って醸成することのできる環境は素晴らしいものだと思う.
思い通りにならない自分を楽しむ
- メンタルの強さ,精神的な面での強さというのは,その年齢や経験に比例するのではないかと感じている.
- ある程度の年齢になれば,プレッシャーもリスクも関係ないのではないだろうか.
- 今の自分にはリスクだと感じられるようなことも,年を経ればそれを超越する,というかそのこと自体,もうどうでもいいような気になる部分もあるのではないか.
どうなるか分からないさまざまのことに心を砕き思い悩むよりも,まずは目の前にあること,なにか自分の中で響くことに向き合っていくのがいいのではないかと思っている.
何よりも自分の気持ちに響く,自分の中から湧き上がってくる直感を信じることだ.
他者からの評価や客観的な結果だけを追い求めながらモチベーションを維持するのは,たいへんなことだと思う.
常に予定通りのことを目指すだけでは,気持ちは維持できないのではないか.
おわりに──直感を信じる力
自分自身に拠り所を求める──その根底には経験を重ねることで蓄積され,かたちづくられた人生観や価値観といったものが横たわっているはずだ.
それに基づいた選択がベストでなかったとしても,少なくとも自分のスタイルには合っているはずだ.
だから,次にミスをする可能性も小さいし,ある種の心地よさも内包している.背伸びして成長していく方法もあるが,自分の流儀を見つけてそれに合った選択をしていくという覚悟を迫られている気がしてならない.